物と命の違い

世界に現れたものはすべて、3つの『グナ(質)』をもっています。『サッドヴァ(純質)』『ラジャス(激質)』『タマス(鈍質)』。

世界に現わされた物質、私たちの体も、感覚も、心もすべてがこの3つのグナからできています。世界にいろいろなものがあるのは、この3つのグナのバランスが違うからです。

例えば、石や土はタマスを多く持つ物質。固く閉じ、動くこともなく、光も熱も通さず、長い時間変わらず同じ状態を保ちます。

風や火はラジャス。ラジャスという質の激質を多く持ち、とまることなく常に動き早く流れ、熱さ、冷たさという強い特徴を持ちます。

光や空間はサッドヴァ。透明に広がり、静かにすべてのものを通し、写し輝かせるという質となって現れます。

人間の知性や穏やかな心はサッドヴァ、肉体はタマス、怒りや激情はラジャスです。動物や虫は、人間に比べたらタマスの質を多く持っています。

この世界のすべてのものが、3つのバランスの配合によって、さまざまな形と機能を持つものとして現れているのです。

”もの”の特徴はグナの特徴。物の限界はグナの限界です。体・感覚・心は、グナに支配されるものです。だから物としての限界がありません。しかし、そこに宿る命の輝き、存在の源はグナを持ちません。

私たちの真実はグナの支配を超えた存在、『アートマン(真我・存在・知)』であるのです。私たちの本当の姿は、グナに限定されず、グナを超え、3つのグナを散財させ、形と性質を与え、動きと機能を生み出す知と魂の源アートマン。これが『ヴェーダ(聖典)』の告げる真実です。

真実は『もの』ではありません。しかし、物は真実に満たされています。物は、時間によって変わり、空間に限定され、種類も数も豊富で、何ひとつ同じものはありません。

真実は、どの時間にもあり、変わることがなく、すべてに広がり空間に制限されず、世界にたったひとつある存在の源です。物に命を与え、機能させ、存在させる、世界のベース。

限りなく、変わることなく、今・昔・未来の全ての時間にあり続ける世界の真実が『ブランマン(普遍の存在)』。

ブランマンはアートマンのもうひとつの呼び方であり、2つは同じひとつの真実です。ものと命の源の違いを見極めず、私たちは自分のことをものと勘違いしているのかもしれません。そうして、本当は物ではない自分の真実に、物の限界をはめ込み、勝手に苦悩しているのかもしれません。

『この体が嫌い!自分の性格が嫌い!過去を許せない!愚かだ!馬鹿だ、なんて小さい人間なんだ、苦しい、悲しい、ダメなやつ、悔しい、憎い・・・』

自分をなんだと思っているのですか?自分を受け入れていないこんな思いは全部、本当の自分を知らず、物と自分を混同する無知に基づいた混乱、勝手な妄想です。

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