こだわらない

精神修行の本の中で『行いを手放しなさい。体やエゴを捨てなさい』という表現をみかけることがあります。しかし『よーし、行いを手放すぞ!エゴを手放すぞ』と決意しても、実際エゴや行いを手放すことはできません。

『手放そう!』と言っている人こそが、エゴに縛られた人だからです。エゴの中心であり、行いを生みだす張本人は、どんな固い決意をしてもカルマから自由になることはできません。

しかし、この詩はそれでも自由になる可能性はひとつだけである、と秘密を教えてくれています。それは、たとえ『カルマ(行い)』をしても、その結果に『こだわらない』ということ。

『あーなんであんなことになったんだろう』という嘆きや、『こんな結果はあり得ない!望みの結果でなければ認めない!』というような、エゴに満ちたこだわりを手放すことが『ティヤーガ(手放すこと)』の意味です。

行いの結果として、どんなことが世界から与えられても、(マ―これも自分の蒔いた種の結果が実を結んだんだな』と、淡々と受け入れること。興奮したり、結果にしがみつき執着したり、ごちゃごちゃ不満を言ったり、逃げたり、抵抗するこだわりをさっぱり捨て去ってしまえば、人はカルマの結果から自由になることができると言います。

カルマの結果をティヤーガすることは、自分の行いを引き受ける覚悟をするということ。自分に責任を持つと同時に、『カルマの法則』という自然界のひとつの法を信頼するということです。

世界から与えられることは、すべて法則で平等に決まっていることです。

自分が過去にしたことだけが実を結び、今の状況になっているのです。事実を認めてしまえば、他人を責めることも、世間を恨み、八つ当たりすることも、過去を嘆き後悔することも無駄なことだ、と冷静になれるでしょう。

物事の在り方を冷静に見ている人の心はいつもさらさらと、自由な風が吹いています。”結果にこだわらない”これは心を浄化する大事なひとつのヨガの方法です。

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