神は誰にも平等でただそこにあるだけ

神は公平です。太陽のように平等です。太陽は私たちをあまねく照らしてくれます。悪い人も、善人も区別なく光を注ぎます。

心に太陽への感謝があれば、その光のぬくもりや明るさを享受できます。しかし、心が曇っていたり、信じる心がなく、感謝がなかったりすれば、何も受取れません。その曇りが神の力をめぐっているからです。

無現の存在の源の神は、公平であるがゆえに私たちに積みや罰を与えません。

自然な存在です。神にとっては、よいことと悪いことが一緒なのです。カルマが働くとさまざまなことが起きますが、そこに神の意志はありません。

神はただ源にあるだけです。

信じるものを助けてくれることはありますが、裁くことはないのです。

創造の源からわかれた神々のエネルギーは、人間が何か悪いことをすると、そのエネルギーが悪いものとして働き、神のエネルギーが悪い方に染められるので、罰があったかのように見えます。

それが人々を導く方便として、使われたのです。神が罰を当てたので、こんな悪い状況になりましたよ、と。

そうすることにより、人々は神を恐れるようになります。神からの罰を恐れ悪いことをしないために歯止めとしたのです。人々は神を恐れ、行いを正していったのです。

見えない純粋なエネルギーである神は、ただそこにあるだけです。神は罰しないと言っても、そのからくりは深い瞑想に入らないとわかりません。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください